越後屋の『学び合い』帳

東京の高校国語科教員。『学び合い』と授業とクラスと。

【古文】無常観

世界観に特化する

古文の単元に入りました。
単語や文法は、いよいよ受験だという時に勉強すればよいと思います。そう割り切って、古典の世界観に特化して単元を計画しました。「いよいよ受験だ」という時に単語帳や参考書を開く気になれるかどうかは、古典の世界観に馴染んでいるかどうかだと考えてのことです。

教材は『徒然草

教科書(東京書籍「国語総合」)の配列に従えば、教材は『徒然草』。収録されている章段は

  • 陸奥守泰盛は
  • 丹波に出雲といふ所あり
  • 神無月のころ
  • 長月二十日のころ
  • 今日はそのことをなさんと思へど

という5篇です。

単元目標

教科書の単元名はザックリと「随筆」。扉には、「筆者のものの見方や感じ方を押さえよう」的なことが書かれてあります。確かに、筆者は何かを見て、何らかのことを感じたはずですから、何を見て、どう感じたかを整理することは、随筆を読む上では必要最低限の活動といえるでしょう。
さらに、「何を見るか、どう感じるか」には、〈無常観〉というフィルターが大前提として存在しているはずです(本当は、対象に触れた段階だけでなく、執筆する段階でもそのフィルターは起動しているのですが)。
そこで、

  • 目標「〈無常観〉という観点で5篇の共通点を説明する」
  • 教材「上記5篇すべて」

としました。教科書会社はわざわざバラエティに富んだ収録にしているのですが、敢えてそれを〈無常観〉にこじつけて読め、というわけです。「整合性を保ったままこじつける」というのは、実は非常に高度な言語操作ですから、学習としての難易度は低くはありません。たとえ「こじつけ」であろうと、ある観点の元に共通性を見出すという読み方(解釈の仕方)を意識的に訓練することには、一定の価値があると思われます。

課題

各章段の内容を端的に把握するために、単純な課題を付けています。こういう時には、T/Fクイズや表を埋めるような情報整理課題が適しています。「何を見て、どう感じたか」が押さえられればいいのですから、解答が収束する課題でサクサク進めることが肝心です。体育の授業でサッカーをやるのに、準備運動でヒィヒィ言ってしまうとしたら、やはり授業デザインが間違っているのだと言わざるを得ないでしょうから。

評価

1学期に少し触れたきり放置してしまったKP法で、プレゼンでもしてもらおうかと考えています。ペアでプレゼンを作り、 ペア同士で相互に発表してもらえば、1回の授業の中で終わりそうです。
評価基準は

  • A「整合性のある説明ができている」
  • B「整合性の点で怪しいところがある」
  • C「整合性が明らかに取れていない」

あたりになるでしょうか。

導入の学習

実は、上記の『徒然草』の教材から直接〈無常観〉を導くのは、ちょっと無理があります。どれも「これぞ無常観」という内容ではないのです。
そこで、導入として『方丈記』「ゆく河の流れ」を読むことにしました。これを読むことを通して〈無常観〉の概念を獲得してから、『徒然草』に入ったのです。
普通、『方丈記』は上位科目の「古典B」に収録される教材ですから、その点でいささかの違和感と面白味を個人的には感じたのですが、当の生徒には何の関係もないことなので、授業は淡々と進んでいきました。それで当然だし、それが自然なことだと思います。

そうは言いつつ文法も扱う

現代語訳そのものは学習活動の中に組み込まないものの、ただ訳を配布するだけでは「現代語と古語のつながり」はピンと来ないで終わってしまいます。そこで、原文を適宜、文節や単語に区切って(この匙加減は本当に「適宜」)、傍訳を付けたプリントを作りました。
原文には、重要単語や文法事項に傍線を引いてあります。個々の文法的な意味がわかれば、あとはそれを足し算していけば訳せるというグランドルールを、実際に読みながら実感していける…ように作ったつもりですが、どうなることやら。
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実感に至るほどの時間はないかもしれません(ひと単元で実感できるなんて虫のいいことは考えていません)。