越後屋の『学び合い』帳

東京の高校国語科教員。『学び合い』と授業とクラスと。

防災の夜

私の自治体には「宿泊防災訓練」という行事があります。読んで字のごとく、それ以上言うことはございません。何も、何も申しますまい。
備蓄のアルファ化米を調理して教室で食べていました。アルファ化米一箱あたりの量と生徒の人数の関係で、どうしても余りが出ます。炊き出し体験そのものが訓練ですから、これは仕方ありません。
私のクラスは4パックほど余っていました。「どうするのかなぁ」と思ってボンヤリ見ていたら、いつの間にやら、こういうやり取りが始まりました。

「ご飯残ってるよー!」
「食べたい人ー?」
7人ほど手が挙がる。
「多いなww」
「いくつ余ってんの?」
「4パック」
「じゃあ、じゃんけん」
「え、勝った人だけ? 分配しないの?」
「どうしよっか」
相談している。たまに「これくらいの量なら」「乾パンもあるし」などの声が聞こえる。
じゃんけんということで話がまとまったらしく、
「神じゃんけんにしよう」
「先生ー、じゃんけんしてくださーい」

1分にも満たない会話でした。この会話群が何人でなされていたのか、わかりません。私は「分配しないの?」という一言がなかなか気に入っています。意見(異見)のあることが当たり前、という前提を集団が共有しているのだと思いました。
私は、じゃんけん役のリクエストを言われるまでは、ただ座って眺めていただけです(←疲れてたから)。
担任の使い方がわかってるなぁ、という意味でも嬉しい瞬間でした。