越後屋の『学び合い』帳

東京の高校国語科教員。『学び合い』と授業とクラスと。

目的・目標・手段の関係

(没原稿供養)

目的・目標・手段の関係

以前担任したクラスで、文化祭でかき氷を販売したことがありました。赤字を出すわけにはいかないので、目標は「2日間で1000食を売り上げること」となりました。そして、それを達成するために魅力的なレシピを考えたり、宣伝に力を入れたりしました。

この場合、1000食の完売が「目標」でレシピや宣伝は「手段」に当たります。もしレシピに凝るあまり1000食に届かなければ、目標達成にはなりません。一方で1000食売れさえすれば、レシピは平凡でも構わないわけです。大切なのは目標達成であり、その手段は一つとは限りません。「手段」の上位にあるのが「目標」です。

さて、文化祭の「目的」の一つに、クラスの団結を高めることがあります。この目的に対して、1000食の完売という目標を設定したわけです。「目標」のさらに上位にあるのが「目的」と言えます。だとすれば、他の目標もあり得たかもしれません。言ってしまえば、クラスの団結が高まりさえすれば、1000食に届かなくても構わないのです。

授業に即して

国語科の授業に即して考えてみましょう。教科書の教師用指導書には、「筆者の主張を理解する」などの目標が書かれています。しかし、大切なのは「その目的は何か」と考えることです。目的が意識されていなければ、たとえ目標を達成したとしても、生徒の学習は「やっただけ」で終わりになってしまいます。

自戒を込めて、確認しておきましょう。私たちは「語句の意味調べ」や「段落わけ」などの手段を考えることには慣れていますが、それ自体が目標だと勘違いしてしまうことがあります。「どのように」授業を行うかということに汲汲として、目的を見失いがちです。しかし、私たち教員は、目的や価値を語り、それに即した目標を掲げる必要があります。

目的を理解し、目標に賛同した生徒たちが主体的に学習を進めていくのがアクティブ・ラーニングなのです。

教材の価値≠目的

私たち国語科教員は基本的に「国語好き」ですから、教材(特に文学作品)の価値を知っています。『山月記』も『こころ』も高校生に読ませたいと思っていますが、それを読ませること自体が単元の目的ではありません。「教材の価値」と「単元の目的」を混同しないようにしたいものです。

単元の目的を設定するためには、一度教材から離れて学習指導要領を読むとよいでしょう。指導要領には本当にシンプルな指導事項しか書いてありません。どの事項を指導するためにその教材を用いるのか、イメージしやすくなるでしょう。

指導要領はシンプルすぎて曖昧だと思われるかもしれませんが、それをどの程度まで深めるかは、私たちに任されています。単元の目的を設定する上では、欠かせないものです。