越後屋の『学び合い』帳

東京の高校国語科教員。『学び合い』と授業とクラスと。

心の距離

「生徒だけで解決できることは、教員が教えないで生徒に任せよう」という授業方針が、「生徒と距離をおく」という意味にすり替わってしまうことがあります。最近、そういうお話をたて続けに耳にしました。生徒同士の協働を促進したい、という思いは、よくわかります。しかし、ここにはちょっとした思考停止があるようです。

〈学校観〉と〈子ども観〉から導かれた方針を生徒に伝えて、一定の賛同が得られれば、『学び合い』は成立します。生徒を動かすのは、テクニックでもなければ課題でもありません。「動かす」という表現自体が、そもそも適切ではありません。
彼らは私たちの方針に賛同して、自分の判断で動くのです。

「この人、なんか距離おいてるな〜」と感じさせる相手の言葉に、どれほど賛同できるでしょうか。普通はムリなんじゃないでしょうか。
一見すると距離があるように見えても、『学び合い』が成立している人は心の距離は近いものです。

ちなみに私の場合は、内心デレデレのベタベタなのが生徒に完全にバレています(笑)。そっけなくすると、「ツンデレだ、ツンデレだ」と私に直接言ってきます。それくらいの心の距離です。
もちろん、彼らは高校生ですから、実際にベタベタしてくることはありません。まあ、あくまでも、教員と生徒ですから。