越後屋の『学び合い』帳

東京の高校国語科教員。『学び合い』と授業とクラスと。

「障害」

「障害」という言葉は本当に使いづらく、丁寧に誠実に伝えようと心掛けないと、時として深刻な誤解を招きかねません。
私はこの言葉をすんなりできないという意味に捉えています。
例えば「障害物競走」は、コースにいろんな邪魔者があるせいですんなり走れない競技です。
まずは自分自身の認識をしっかり方向づけるところから始めたいものです。

教育実習その2

また別の教育実習生。化学。指導担当の先生と一緒にご参観くださいました。

せっかくなので、「小テスト」「大福帳」「単元の課題」とユニットが進むたびに、システムとその意図を解説しました。もちろん第一義的には、それらは当の生徒と共有していなければなりませんから、表向きは生徒に向けて改めて目的を語ったのですが、裏には実習生に向けての解説も含んでいたのでした。

授業後、質問を受けました。「今井先生の授業における『教師の役割』は何か、考えながら参観してごらん」という事前指導があったというのです。
実習生が「これで合っていますか」と尋ねてきたので、

  • それがポイントだと感じたこと自体に意味があること
  • そのポイントが彼自身の今後の授業や生徒理解をアップデートすること
  • 正解を探ろうとする必要はなく、自分で考えることに価値があること

をお伝えしました。ちょっと驚いていました。

教育実習

本校でも実習が始まりました。生物科の指導の先生*1が、私の授業は何をおいても見学するように指導なさっているようで、すでに初日の月曜と水曜の2回も参観に来てくれました。

水曜の授業は、シャベリカ*2を用いたグループトーク。会話そのものを目標とした授業でした。今後を見据え、これが必要だと判断したのです。目標は「全員が不愉快なく会話を続ける」としました。1セッション6分という設定です。

実習生は「実習でエンカウンターが見られるとは思いませんでした」と言って、興味深く参観していました。生徒に話しかけてよいか了承を求められたので、初めは許可したのですが、見ていると特定の班にべったりになって彼自身がトークの中心になってしまいました*3。様子を見ながら、キリのいいところで、離れてもらいました。

制限時間になったら、ワールド・カフェの要領で、

  1. 班に残る人を決め
  2. 先の班とメンバーが重複しないように
  3. 1分以内に

席替えをします。「たった1分ですが、これも大事な課題である」ということを伝えます。

制限時間直前、おおむね課題クリアかと思ったところ、ある班でメンバーの重複が判明しました。結果的に、生徒が一人、自分の座る席がわからなくなってしまいました。実習生が「君、ここに座って」と空いている席を指さし、その場は「解決」しました。私は全体を進行しながら、クラスと実習生に、それぞれどういう声かけをしようか、考えました。

受け止める力量のある実習生だったので、彼には率直に「対応としては最悪である」と伝えました*4。「たしかに席替えをすることは、あの場面での目標ではあったけど、席替えが彼らの人生のゴールではないよね。介入しすぎると、大事なチャンスを邪魔しちゃうことになるんだよ」と説明すると、「そんなレベルで考えているのですか」と目を丸くしていました。こちらの意図をまっすぐ受け止めてくれる、優秀な方です。そこで、「私が各班の会話を一切聞こうとしなかったのはなぜだと思うか」という問いを示しました。いい意味でモヤモヤした様子でした*5

残念なことに、この後で行事が立て込んでしまい、モヤモヤの顛末を聞くことができていません。モヤモヤさせたからには、責任をもって付き合おうと思います。

*1:同じ学年を組む先生です。

*2:シャベリカ | COPORA(コポラ)から購入できます。

*3:その班にべったりになる気持ちもわかるのです。そういう意味では、考えながら参観してくれていたのだと思います。

*4:彼自身を否定したのではありません。念のため。

*5:モヤモヤが「不快」な人もいるので、誰にでも問いかけられるわけではありません。難しいところです。

掲示物

近所には薬局が二つあります。
A薬局の掲示板は、こんな感じです。

ラミネートのために蛍光灯の明かりが反射しています。
画鋲を一点でしか留めていないので、反り返ってしまっているのも悲しいところです。
白い紙・黒い文字・赤いアクセントというデザインも、グレーの掲示板に「埋もれて」います。余白が少ないので、情報過多の印象もあります。


B薬局の掲示板は、こんな感じです。

掲示板が茶色なので、白い紙がくっきり見えます。見出しの青字が、この位置からもわかります。余白も十分にあって、スッキリした印象を受けます。
もちろん、画鋲は4点で留めているので紙がめくれることはありません。

環境の発するメッセージのこの露骨さは、ちょっと恐ろしいと思います。

あげたいから

配布したプリントをなくした生徒がいた時、先生方はどうしているのでしょうか。
教員になってから、私はいろんな考えを行ったり来たりしています。

  • 生徒の学びが促進させるなら、再配布なんてお安い御用だ。
  • 再配布なんかしたら、生徒にとって、なくしたことの責任を取る機会がなくなる。
  • なくす生徒がいることを見越して多めに印刷するのはいいけど、紙資源がもったいない。

などなど。何を目的とするかによって、対応もいろいろあると思います。

現在の環境では、申し訳なさそうに「もう一枚ください」と言いに来る生徒もいれば、誰かにコピーさせてもらう生徒もいます。まれに、例えば提出物ならルーズリーフなどの別の紙に書いて出す人もいます。それ自体はいいのですが、「先生に怒られないため」の努力としては涙ぐましいものがあります。コスパが悪すぎます。

詳細は書きませんが、先日、「俺があげたいから、あげます」という対応を取りました。そのまま言葉にして。私にとって初めてのことでした。
そういうこともあるよな、と思いました。

人柄と事柄の癒着

きっかけは黄色い本

岡山に向かう飛行機の中で、この本を読みながら、いろいろ考えました。

この1冊で、始められる! 深められる!  まいにち! 『学び合い』

この1冊で、始められる! 深められる! まいにち! 『学び合い』

それにしてもこの本は、ぺージをめくるたびに省察を突きつけてきます。あまりの直球に笑ってしまうくらいです。「ガチの実践家」にしか書けない本、素敵です。

言いやすい/言いにくい

省察本を読んだ以上、省察しないわけにはいきません。*1

「言いやすい、言いにくい」ということについて、相手との関係という要因(人柄)と、話の内容という要因(事柄)を次のように整理したいと思います。

  • 好ましい相手A
  • 苦手な相手B
  • いいこと①
  • ダメなこと②

単純に考えて、4通りのパターンがあり得るとします。

伝えるべきを伝えているか

私は生徒に、どんなふうに伝えているのか。生徒同士はどうだろうか。
ちょっと考えてしまいました。

A①は、私も生徒同士も、きちんと伝えずにスルーしているように思います。相手との関係性に甘えてしまっているかもしれません。

B①はどうでしょうか。事柄のポジティブさに助けられて、伝えられるということはあるでしょう。しかし、人柄の要因に負けて伝えずじまい、という場合もあるでしょう。さらに言えば、人柄に負けすぎて事柄が目に入らないということも、十分考えられます。

A②の場合、生徒同士のことを考えると、単なる「会話の潤滑油としてのツッコミ」にしかならないケースが思い浮かびます。じゃれ合ってるだけで、「なぜそれがダメなのか」という規範意識に到っているかといえば、そうは思えません。いや、人のことは言えないなぁ…。

さてB②です。私は言い方に気を遣ってしまいます。気を遣いすぎて言えない時もあります。また、気をつけたいのは相手を攻撃するために事柄を利用することです。これは私も生徒同士も同じだと思います。*2

目標達成のためには、人柄と事柄を分離して、きちんと伝えたり受け止めたりすることが必要です。今回、実に練習不足だということに気づきました。

*1:だから、購入直後に少し読んだきりになっていたのでした・笑

*2:私はあまり攻撃しない方ですが。